
生年月日/1971年4月1日生、身長・体重/174cm / 67kg
血液型/AB型、出身地/大阪府
11歳の時、父の影響を受けカートを始める。
'87年、16歳で国際カートGPにおいて日本人初優勝・大会史上最年少優勝に輝く。その後フォーミュラカーにステップアップ。'97年には、日本人で5人目となるF1選手権フル参戦デビューを果たす。
'00年に活動の場をアメリカに広げ、CART、IRLと世界最高峰のカテゴリーで活躍。'05年にはF1モナコGP・インディ500に続く、ルマン24時間耐久レースに参戦。日本人初、世界でも30人目となる世界三大レース全てに参戦という偉業を成し遂げる。
実力・人気ともに日本が世界に誇る国際派ドライバーとして現在も第一線で活躍中。またメディア出演や講演、環境問題への取り組み、若手育成など多方面で活動を行い、幅広い世代から支持を受けている。
現役ドライバーを続ける傍ら、2009年より中日本自動車短期大学で准教授をつとめ、後輩の指導にもあたっている。
MOTHER'S KISS(マザーズ・キッス) 親善大使 MOTHERS' KISS FOUNDATION 中野信治は、医療事故の低減に効果的であり、環境にも配慮した「MOTHER'S KISS SYSTEM(マザーズ・キッス・システム)」を世に認知させる組織「MOTHERS' KISS FOUNDATION(マザーズ・キッス・ファンデーション)」の主旨に賛同。世界中にこの安全な注射器が導入され、安全な医療と暮らしを促進できるよう、現在、「MOTHER'S KISS」親善大使として活動しています。
NPOグローバル・スポーツ・アライアンス ナビゲーター
エコフラッグ 中野信治は国連環境計画(UNEP)と NPOグローバル・スポーツ・アライアンス(GSA)が推進する「エコフラッグムーブメント」に賛同し「人の意識に木を植える運動」を応援しています。
http://www.ecoflag.com/
TOKYO SMART DRIVER
TOKYO SMART DRIVER 一人一人のドライバーが気遣いあるスマートな運転をすることで、首都高速道路の事故を減らすことを目的に発足した「TOKYO SMART DRIVER」。中野信治はこの「TOKYO SMART DORIVER」プロジェクトを応援しています。
http://www.smartdriver.jp/
| 1982年 | この年からカートを始める。(当時11歳) |
|---|---|
| 1987年 | 16歳でインターナショナルカートGP日本人初優勝・大会最年少優勝。 ジャパンカートGP優勝。 |
| 1989年 | 全日本F3選手権に参戦、フォーミュラーデビューを果たす。 |
| 1990年 | 19歳で単身渡欧。 フォーミュラーボクソール・フォーミュラ・オペルに参戦。優勝1回、シリーズ5位となる。 |
| 1992年 | 全日本F3000選手権、F3選手権にダブルエントリー。 1日に2レースというハードなスケジュールをこなす。 |
| 1995年 | 国内随一のコンストラクター『童夢』より全日本F3000選手権に参戦 |
| 1996年 | 全日本F3000選手権改め『フォーミュラニッポン』参戦。 |
| 1997年 | F1選手権に日本人で5人目のドライバーとして『プロスト無限ホンダ』よりデビュー。ルーキーイヤーで2度の6位入賞、ポイント獲得。 |
| 1998年 | F1選手権にイタリアの名門『チームミナルディー』から参戦。 モナコGPでは日本人最高位の9位、シリーズ中10戦完走を果たす。 |
| 1999年 | F1トップ4『ジョーダン無限ホンダ』のリザーブ&テストドライバー。 |
| 2000年 | アメリカCART選手権に『ウォーカーレーシング』から参戦、入賞。 |
| 2001年 | アメリカCART選手権に『フェルナンデスレーシング』から参戦、入賞。 |
| 2002年 | アメリカCART選手権に『フェルナンデスレーシング』から参戦、入賞。 日本人史上最高位となる4位獲得。 |
| 2003年 | アメリカIRL選手権第3戦もてぎ、第4戦INDY500にスポット参戦。 |
| 2004年 | 全日本GT選手権に『チーム国光』から参戦。インターナショナルPOKKA1000km準優勝。 |
| 2005年 | ルマン24時間耐久レースに『クラージュ・コンペティション』から参戦。日本人で初めて世界三大レース(F1・モナコGP・INDY500・ルマン)全てへの参戦を果たす。 |
| 2006年 | ルマン24時間耐久レースおよびルマンエンデュランスシリーズに『クラージュ・コンペティション』から参戦。 |
| 2007年 | ルマン24時間耐久レースおよびルマンエンデュランスシリーズに 『クリエーション・オートスポルティフ』から参戦。ジャパンルマンチャレンジに『TEAM MUGEN』から参戦。シリーズ2位。ルマンクラシックジャパンに参戦、優勝。 |
| 2008年 | ルマン24時間耐久レースおよびルマンエンデュランスシリーズに『エプシロン・エウスカディ』から参戦。ルマンクラシック(フランス)参戦。 |
| 2009年 | アジアン・ルマンシリーズにSORA RACING(Pescarolo Sport)から参戦。第1戦優勝、第2戦準優勝。初代シリーズチャンピオンに輝く。 |
| 2011年 | ルマン24時間耐久レースに『OAK RACING』から参戦、完走。クラス5位を果たす。 |